【『価値観』のバームクーヘン破り】「立花岳志さんの個人セッション(2回目)」を受けて来た。

「いつの日か達成したいこと」を『今、ここで』達成する。

現在の自分が心地よいと思うライフスタイルの「コンフォートゾーン」の階層を突き抜け、次の階層を目指そう。

今回は、たちさん、こと立花岳志さんの個人セッションを受講。およそ1年ぶりの受講となったが、非常に実りのあるセッションとなった。

1.決断することの怖れを指摘される

現状の報告後、最初にたちさんから指摘されたこと、それは

「TLIの際、最終講のプレゼンで『守り』に入ってしまったのはなぜか」

僕は第11期のTLIを受講した。そして、最終講前の第4講のプレゼンでは、会社を辞め、社会保険労務士資格を活かして、独立して生きていきたい、とぶち上げた。

その後、社会保険労務士事務所の説明会に参加し、未経験者であっても受け入れる土壌に魅力を感じてもいた。

・・・ところが、履歴書と職務経歴書を持参しなかった。当日の説明会で、提出すれば、すぐに選考が開始されることは分かっていたのに、「今はまだ、その時ではない」と守りに入ってしまった。

結果、TLI最終講のプレゼンはトーンダウンし、「もっと専門性を尖らせたいから今回は見送る」という何とも消化不良な内容となってしまった。

守りに入ってしまったと正直にたちさんに打ち明ける。職場環境も決して良いとは言えず、改善を図っても上手く行かないことも素直に相談した。

「会社に居る人たちは変わらないよ。会社の枠組みの中で生きることしか知らないから。変えられないものを変えようするのではなく、肚を決めて、会社を辞めて、次の段階に進むという決断をもうする時期に来ているんだよ」

「やっぱり、そうだな」と思う。僕の心は会社への執着には既に無い。底にあるのは会社を飛び出してしまったら「食えなくなる」という恐れだけだ。

「会社を辞める学校」と銘打たれた第11期TLIに参加したのも。プロブロガーであるたちさんの個人セッションで差し向かいで自分の心を吐露するのも。自分の中のなけなしの勇気をはたいて参加・受講してきた。

もっと言えば、ブログを開設して、B塾を受講したのだって、自分にとっては、とても大きなチャレンジだったのだ。「出来っこない」と言う自分を必死に鼓舞してここまでチャレンジを続けてきた。

何のためか。会社の組織から抜け出して、自分自身の力で生きることこそ自分の夢であったからだ。

・・・でも、社会保険労務士で上手く行かなかったらどうしようとしり込みする自分がまだ出てきてしまうのだ。

「限定しない方がいい。自分ができると思うものはどんどんやっていくと良い」とたちさんは言う。「やってみて、向きが無いな、と思うものは辞めたら良いよ。社会保険労務士だって合わないことがあるかもしれない。その時は拘らずにスパッと辞めたら良い。次を探せばよい」と。

人は「肚を決めたら」どうとでもなる。どうにもならなくなりそうな時は自然と身体がもがいて「何とかする」のだ。「肚を決める」決断はいつか必ずしなければいけない。その決断を決めかねているところが現状の停滞を招いている。

その通りだ。気持ちはもう固まっている。会社に留まり続けるという選択肢はすでにない。会社を辞める準備をもう進めていけば良いのだ。

素直にそう思えた。

2.「自分は他人よりも劣っている」の源泉は父の発言

僕にはなかなか拭い去れない強烈な劣等感がある。それは

「自分は他人よりも圧倒的に劣っている」という認識だ。第11期生として、参加したTLI受講期間中もその認識は頭を離れることはなく、レベルの高い仲間の中で一人場違い感を覚えることも多々あった。

しかし、実際に講師を務めたたちさんに言わせれば、受講生間に大きなレベルの差は見られなかったという。受講生としての自分に一定の評価をしてくれていた。

「他の人から見たら、劣っているとは思えないよ。自己評価と実際よりも低いからイメージとずれてしまうんじゃないかな」

この自己評価の低さはいつも劣等感を無力感を自分にもたらし、苦しめてきた。

その源泉を僕は認識している。父の存在だ。

父は一度スイッチが入ってしまうと、僕を逃げられないような状態に追い込んで徹底的に糾弾し、罵倒するのだ。

「お前は能力が低い」

「どこに行っても通用しない」

このような罵倒にどれほど傷ついたことだろう。そして、当時の僕悲しいことに避雷針のように、この父の怒りを受け止めて、そして自分の無力ビリーブを増強させていったのだ。

今、自分は業種は違えど父親が勤めていた環境に非常によく似た職場で働くようになった。だから、分かるようになった。

それは、父が上司から言われてきたことなのだろう、と。

父はその理不尽さに耐えかね、世代間伝達のように、子である僕にその怒りをぶつけたのだ。そして、それが僕はやるせなくて仕方なかったのに、その父の怒りを受け止めようとしていたのだ。受け止めなければ、家族が崩壊してしまうと思って。

弟は父のこの理不尽な責めを拒絶して、父とは徹底的に距離を取った。僕は実は「父の悲しみ(怒り)を癒せるのは自分しかいない」感じていたのかもしれない。寄り添わねばならないと感じていたのかもしれない。

一方で、自分の弱さを、更に弱い子供達に向ける父に怒りを覚えていたことも事実だ。

婿養子のような形で母の実家に入り、山に囲まれた実家の山掃除をして、近所付き合いも嫌な顔一つせず付き合って、愚痴一つ言わずその地に根を下ろして生き続けてきた父は僕の誇りなのだ。

「弱さを子供たちに見せることなく、生きていてほしかった」と吐露すると、たちさんはこうアドバイスしてくれた。

「その時のお父さんはそれが精一杯だったんだよ、もう和解しよう。まだお父さんは健在なのだから。お酒を酌み交わして。『あの時、あんな言われ方をして本当に傷ついたんだ、だけどもう許しているんだよ』と伝えると良いよ」。

父から言われたことが傷になっていることは、実は第1回のカウンセリングでも出ていた。しかし、決定的に違うことがある。

僕はもう父を許している。その時の親父がそう言わずにはいられなかったことを含めて。

去年の7月に父を実家のある北海道に連れて行ったとき、ホテルのバーに誘い、今までの俺を伝えることができた。あの時、自分は父に大切な何かを返すことが出来たと思えた。

今度、父とまた会おう。今度酒を酌み交わすときは、子供の頃の「あの辛さ」をただ伝えたい。そして、「もう許している」と言えた時、「自分が他人より劣っている」というビリーフが霧が晴れるように消え去ってくれるものと信じている。

それにしても、やはり父との関係に戻ってしまうのか。

とはいっても、1年前にたちさんの個人セッションを受けた時と今とでは全く自分の心根が変わっていることに気付いた。

前回は、たちさんとの貴重な時間を非常に慌ただしく浪費してしまっていた。セッションを深掘りすることも出来ず、せっかくの鎌倉を堪能することもせず、とんぼ返りで帰京してしまった。・・・本当にもったいない。

あの頃に比べると今回のセッションは大分進歩したのではないかと思う。自分の遥か先を行く、スラッシャーである立花岳志さんの貴重な時間を確保していることを自覚して、自分が今精一杯受け止められる回答を得ることが出来たと思う。

自分は1年前に比べて、確実に思考のバームクーヘン破りを果たし、変化してきたのだ、と実感できて嬉しかった。

次、たちさんとお会いする時は、新たな思考・意識のバームクーヘンを破るときだ。

次回は一年後にならないようにしたいな。

たちさん、その時はまた、よろしくお願いいたします。

ちなみにカウンセリングを受けた日は、もう一つ、こんなバームクーヘン破りをしています。

一年前のセッション記事です。ちなみに「その1」は旅行記です(;´・ω・)。

 

 

 

 

 

 

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この記事を書いた人

重崎 宗

重崎 宗

2018年8月から社会保険労務士としてキャリアをリスタートすることになりました。

ブログ継続のためにWiifit(現在はWiifit「U」)で、インドア「ゆる」トレ(Wiifit「U」運動習慣)と体重測定を2017年2月から開始。500日以上継続して行い、その記録をブログに上げています。結果、BMIは23前半から21台後半まで落ち、5Kgのダイエットに成功しました。

1993年Jリーグ創設当時から、鹿島アントラーズサポーターでちょくちょくカシマスタジアムを観戦に訪れております。

好きな飲み物はアイスコーヒー。好きな食べ物はラーメン。今はラーメンに偏りがちなので、アイスコーヒーの記事も伸ばしていきたいと思っています。

ブログを書き始めたきっかけは「自分らしく」生きるためには「自分自身」をアウトプットしなければならないと感じたから。

社会保険労務士専門分野、幼いころから患っているアトピー性皮膚炎に関してもアウトプットしていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。